函館西高つゝじヶ丘同窓会東京支部ブログ

つゝじヶ丘同窓会東京支部「事務局トピックス」「会員だより」

24回生同期会

京極信良(24回生)

1月某日、新宿寿司銀蔵で第●回目の同期会を開催しました。(さ~ 何回目でしょうかね?!)

 昨年の5月に第19回総会・懇親会が開催されるはずでしたが、コロナ禍のため延期となってしまいました。我々24回生メンバーは連絡を取り合い、遠く茨城県や神奈川県、埼玉所沢方面、都内にいる2人、合わせて5人でワイワイやりました。この2年間、コロナで大抵のイベントは中止になり、どこへも出かけられず、うっぷんが溜まりすぎていたので、なまら話が弾みました。

 ひとりひとりの近況報告に始まり、相変わらずの昔話。誰かの武勇伝とか、何処にどうゆう店があったとか出てくる出てくる。しかし、同期の面々の現在の写真を見ても誰が誰だかわかりません。まあ、何といっても60代後半にさしかかるとそろそろ健康・年金・孫の話が出始めます、と言うか、気になってきます。(年寄りの三題話)あっという間に時間は過ぎました。次はいつ開催しようかという話になったとき、2024年は卒業50周年の節目を迎えるので、その時は大々的にやろうという約束をして、その時を楽しみにお開きとなりました。

 最後に函館にUターンして現在病気療養中の仲間のために、皆で元気な姿を写真に収め、励ましのメッセージを送りました。

 24回生同期会

32回生同期会を開催

長谷川好広(32回生)

 1218()新宿の個室居酒屋楽蔵にて、32回生4名、途中より特別参加18回生折田信一会長の計5名で合同同期会を開催いたしました。たまたま別の会合で新宿にいた折田会長から私の携帯に連絡が入り、店のオーナーが松前町出身だということもあり、合流して5名の会合となりました。

 ほぼ2年ぶりの同期会で、仕事やコロナを心配して参加できない方もいて少し寂しい思いをしていたところ、さらにオミクロン株の発生で不安でしたが、何とか開催することができました。各自近況報告、今後のこと、地元の同期の話など、また、佐藤泰志のファンがいて、親交のあった折田さんと熱の入った会話をしていたのが印象に残りました。

春の桜の頃にまた会いましょうと、次回の約束をして散会となりました。

 32回生同期会

同窓生おばさん珍道中PARTⅡ(イタリア編)

                        大熊(旧性、五十嵐)信子(27回生)

数年前のスイスの旅で、シャモニーからツエルマット間の鉄道の途中で、そこがイタリアとの国境に近いことがわかり、乗り換えて、ドモドッゾーラと言う町に寄り道したことがあった。ピザを食べるために。それまでの雪山の町とは違い、駅舎を出たとたんに日差しの優しく陽気な空気に思わず両手を広げた解放感と、飛び込んだピザ屋のシンプルな味、それが忘れられなく、今度はイタリアの旅に好子を誘った。

今回も準備不足。仕事を持つ主婦が10日も旅に出るとは、家族の食事を義母に任せるにしても、休暇をとるための仕事の準備に追われ、旅の計画の時間はない。とにかく日本を脱出できればよい。最低限、教員の好子が休暇願に記入するための、インチキルートが決まっていればよい。ローマ、ナポリ、アルベロベッロ、シチリア、フィレツエ、ベニスを回るための交通と名所を、当時バックパッカーのバイブルと言われた、「地球の旅」に付箋をつけて、成田空港で合流。あとは飛行機の中で作戦会議。そして二人とも爆睡。今回も出たとこ勝負の珍道中になりそう。

2004730日。ローマ到着、市内に出、初日の一泊だけ予約をしておいたホテル見つける。午後8時真っ暗。ザックを下ろすやいなや、夕食に出る。嗅覚がすごいのか、歩けばピザ屋なのかは知らないが、気づけばウエイトレスが運んでいる緑の山にくぎ付け。何、あれ?ルッコラだわ!それ!。それまで日本では、生の緑の野菜がピザに乗っているのは、見たこともなかった。うまい旨い。お陰で旅の土産の一つはルッコラの種になった。

731日、翌日は世界一小さくて大きい国、バチカン市国へ。参道のような緩やかな坂を上ったその先の湾曲した建物の、スイス人と決まっていると言われる、ハンサムな守衛をチェックして、建物の頂上から見下ろすその風景は、映画のローマの休日のイントロシーンそのもの。

8月1日ローマテルミナ駅、スペイン広場、トレビの泉で投げ銭。コロッセヲで猛獣と闘士の残酷さを想像し、気分が悪くなる。真実の口に手を取られなかったことに安心。市内一日観光は教員の好子のガイドブックの読解力に助けられ、迷わずに済む。

2日、飛行機でシチリアのカターニアに移動。バスが不安になる位やって来ない。脇の女の子にタクシーで相乗りを誘うが、大丈夫、絶対に来るから、と提案に乗ってくれない。通じなかったのかも知れない。果たして田舎のバスはやってき、タオルミナのバス停に到着。公衆電話でホテルの空きを聞き、憧れのラ、グランブルー到着。シチリア料理を堪能し、暗闇のプールではしゃぐ、、、、、「失礼。おふたり。どうぞお静かに。」ホテルのプールで好子の犬かきは似合わないなあ、、と泳げない私はプルサイドにへばりつくだけ(汗)。

翌日3日、エレベーターで地下へ、空いたドアの正面は、映画ブランブルーでジャックマイヨールがイルカと戯れていた海。洞窟を抜けるとそこは、断崖絶壁のリゾート。さんさんと光輝く中で、北欧人らしき女性達が何もつけずに日光浴。トドの群れに目のやり場なし。バスでパレルモに向かう。ギラギラした日光と続くむき出しの土山。途中で食べた頭がキンキンになるくらいの、混じりっ気なしのレモンソルベに、一番のシチリアを感じる。夕食のレストラン、店内にオマールエビ、イカ、ひらめ、ムール貝など海産物が並べられ、山高帽のシェフが薦める魚を堪能。そこへ、杖を突いた老人が入店、すかさず椅子がひかれ、日常の挨拶と、夕食のオーダー。毎日のようにこんなレストランで夕食が取れたら幸せだなあ、、、と憧れる。鉄道でメッシーナ海峡を越え、夜、ナポリ到着。岸壁近くのレストランで席がないほど、ナポリの夜を楽しんでいる人を尻目に、ちょっと下がった場末のピザ屋で、魚の煮つけを食べ、薄暗いホテルに。

84日、ポンペイの遺跡観光。シチリアに行って、エトナ山を見なかったのは残念。灰に埋まっていたという、邸宅の「猛犬注意」のサインが、確かに人が文化高く暮らしていたことを実感させられた。

5日早朝、バスでバーリ、列車でアルベロベッロへ向かう。バスターミナルの雑多な人種に、昔の北京か上野駅の哀愁を感じる。朝食は小さな店の、スパゲティーをボール型に丸め、パン粉をつけて揚げたスナックに感動!日本だったら、ライスボールフライ。残り物のスパゲティを再利用したマンマの味の商品化バージョンか。車窓のオリーブ林は、イタリア人の健康の元と樹形の色っぽさを感じる。そして、列車は白い石を三角に積み上げたテユルリという家の集落に突っ込む。ホテルもレストランもとても小さく物欲に毒されていなかった生活のほのぼのさを感じた。若かったら、、新婚旅行はアルベロベッロだったのに。

6日、おとぎの町をもう一度散策して、夜行列車でフィレンツエへ。ようこそフローラル地方へと丁寧に町を説明してくれた、受付のお兄さんに、荷物を預け、シャワーを浴びて、さっそく丘の上へ。町を飲み込んでいるかの様に見える、ドウモオの大きさに圧倒される。

7日フィレンツエ、もう一日観光。大好きなアマガエル色の革ジャンを購入。革職人の町。ドウモオの裏のアイスクリーム屋のソルベが気に入り二日通う。グラニテ、ソルベ、アイスクリームどれもがフルーツのたっぷり使われた、自然の味。

8日ベネチア。迷路のような街にお決まりのうろうろ。間違ったって運河を渡れない。それが楽しい。ムラーノ島に渡りコーヒーカップセットを買う。知人は顧客サイン帳とやらにサインを求められたそう。私は当然、なし。ゴンドラは二人で乗るのは色気に足りず、、母娘連れに声をかけ相乗りをさせてもらう。若かったら。新婚旅行だったら。。。なーんて。好子で十分ですよ。お陰で今回も楽しかった。珍のレベルは同じが良い。互いを許せる。

ミラノから成田空港へ。好子、函館、札幌経由で今金へ、私、千葉東京経由で埼玉へ。日本の方が広く感じる。今回も有難う。

 イタリア  真実の口イタリア  シチリアのお菓子

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