函館西高つゝじヶ丘同窓会東京支部ブログ

つゝじヶ丘同窓会東京支部「事務局トピックス」「会員だより」

9回生二次会

中村浩(9回生)

 令和元年の始まりに開催された「つつじヶ丘同窓会」東京支部総会において、会長はじめ執行部も新たに選任され、函館西高等学校の名称も存続することもあり、この同窓会もさらに発展することと心からお祝い申し上げます。

 総会・懇親会終了ののち、ホテル椿山荘カフェ フォレスタに於いて同期会を開催。9回生は関東在住の同期生で毎年関東旅行会を開催していますが、これに常時参加できない同期生も今回のいわば臨時同期会に出席でき、一同有意義な時間を過ごすことができました。なお、いつもはこの会のまとめ役である徳田紀美子さんが他に出席しなければならない会があり、欠席です。それで、急遽、本田啓さんの号令一下、森英爾さんが補助金の申請役、中村浩がカメラでの記録係として登場。他の参加者は、中山浩一同窓会会長を始め、大矢紀夫、北川佳子、伊東敏枝、小島紀美子の皆様です。会の最後に、関東旅行会の幹事長役の大矢紀夫さんの健康と来年度の幹事役の続投を願って散会いたしました。

 9回生二次会

学年幹事会議事録

7月6日、学年幹事会にご出席の皆さま、大変お疲れさまでした。会議の内容などについて下記にまとめましたので、当日配布した学年幹事会議題などの資料と合わせてお目通しください。なお、司会進行は、幹事長の長谷川好広が努めました。

 

■日時/2019年7月7日(土)午後3時~午後5時

■場所/江東区東大島文化センター

■出席者/24名、出席者名は学年幹事会出欠表にてご確認ください。但し、小西弥生さん(急用)、熊谷真弓さん(風邪)が当日欠席、高村亨さんは出席となっています。

■会議内容と審議報告

➀新会長・折田信一のご挨拶

②第18回総会・懇親会についての出席者数、回生別参加者数、二次会補助金の報告及び収支決算報告→別紙参照

③第18回総会・懇親会についての常任幹事会及び各回生からのアンケート結果報告

アンケート結果については別紙(アンケート集約)参照

他に下記のような意見や声が聞かれました。

・今後も椿山荘を会場として利用していくのか。参加者数が200名を下回るようになると費用の点で椿山荘開催は難しくなるが、現在のところは概ね好評なので会場の変更は考えにくいと思う。

・出席者を確保するために、家族(妻、子供)同伴を考えてもいいのではないか。

・開催時間3時間は長いのではないか。高齢の出席者に、疲れが見受けられた。

・ビュッフェ形式は、高齢者にとっては食べものを確保するのが大変なので、高女の方々には松花堂弁当などを考えた方がいいのではないか。

・今年は港踊りの参加者が少なく、今後は中止を考えてもいいのではないか。

・校歌斉唱についても一考を要する。高女の出席数が減少しており、高女側からも校歌斉唱はなくてもいいという声が寄せられている。また、校歌斉唱は、原則起立して行い、10人程度壇上に出て歌ってもらうことで参加者全員での斉唱を促したらどうか。

・アトラクションについて。他校の同窓会でも何らかのアトラクションは行なっている。開催時間3時間であれば、懇談だけでは物足りないので、アトラクションは必要ではないか。

④事務局から4つの提案議題(別紙参照)があり、意見交換が行われた。

.年会費納入手数料の値上げ(郵政省)により、これまでは事務局負担だった手数料を振込み会員負担とする。採用による問題点としては、年会費納入数の減少が考えられる。

.ハガキ郵送料の値上げとハガキ受け取り業務の事務局負担を減らすために、総会出欠返信ハガキの郵送料を本人負担とする。また、QRコードによる出欠申請を採用する。採用による問題点として、総会欠席者からのひとことメッセージなどが届かなくなってしまうのではないか。

イ、ロについては、次回第19回総会・懇親会で、事務局提案を採用してみた結果を踏まえて再考、検討していくようにする。

.会報の発行回数の減少について。現在、年2回発行(24)しているが、23(総会開催年2回、総会なし年1)を検討中。会報編集協力者の人材確保などを積極的に行っていくことにし、今後の経過を見ながら検討課題とする。

⑤出席者より新たな提案あり。

学年幹事会などにおいて、欠席者には委任状を提出してもらった方がいい。→今後は採用とする。

 

以上  (文責 書記・井田幸子)

紙飛行機の思い出

木津 則子(14回生)

 それは高校1年生の春、入学して間もなくのことだった。クラスの人の顔と名前もはっきり一致しない頃、数学の授業の時間に数人の生徒が指名され、前に出て黒板に数式と解答を書くように言われた。運悪く私の名前も呼ばれてしまい、前に出ることになったが私は数学が大の苦手だった。さっぱり答えが浮かばず、黒板の右端の前で何も書けずに立ち尽くしていた。私の他に指名された34人の生徒は、すでに解答を書いて席に戻っている。頭が真っ白になりながら、半泣きで立ち往生している私の背中に、何かがコツント当たった。

 見ると、ノートの切れ端のような紙で折られた飛行機だった。広げてみると、数式と解答が書いてある。誰かが、答えを教えてくれたのだった。幸い先生は、生徒の席の間を見回っていて、私の事は目に入っていないようだった。私は、紙飛行機に書かれていた内容を必死に黒板に丸写しして、そそくさと自分の席に戻った。とにかく、顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。

 

 当時は、一人で立ち往生した恥ずかしさと劣等感が先に立ち、誰が紙飛行機を飛ばしてくれたのかを考える余裕がなかったが、時が経つにつれて、私を救ってくれたのは誰だったのだろうと思うようになった。七重浜から函館の高校に進学したばかりの私は、都会の人はなんてハイカラなことをしてくれるのだろうかと、感動と感激の気持ちでいっぱいだった。

 

 さっと答えを書いてくれたことからして、きっと頭の良い生徒だろう。そして、紙飛行機という手段を使ったことで、女子ではなく男子ではないかと推測した。

 一番成績の良かったWくんか。しかしWくんの席は、出席番号順に座っていた当時の教室の一番後ろだったので、黒板の前まで飛ばすのは容易ではないだろう。次に、紙飛行機が飛んできたのは私の斜め左側なので、方向的にTくんではないか、と考えた。しかし、卒業して何十年も経った平成9年ごろの同期会でTくんに話したところ、「自分ではない」と言う。

 それならばもうこの人しかいない、と思う人がいた。席の位置、頭の良さ、機転、正義感など、いくつかの条件から、Kくんで間違いないと考えた。きっとそうだと思いながらも本人に言うことができず、初めてその話をしたのは、平成24年の同期の東北旅行会の時だった。実はKくん本人は、「覚えがない」と言ったのだが、周囲の元クラスメートたちが、Kくんならそういうことをするだろう、そうだ、絶対にKくんだ!と口々に言い、私の恩人はKくんということになった。

 

 今思えば、先生はもしかすると、私が誰かの助けを借りたことを知っているのではないか。黒板を前に一人長時間半泣きで立っていた私を、叱ったらよいのか席に戻したらよいのかと、対応に困っていたのかもしれない。今ならば、そういう大人の気持もよく理解できる。

 

あの紙飛行機の御かげもあって、苦手な数学で赤点も取らず無事に卒業することができ、皆と一緒に第14回卒業生になれた。あの当時は、恥ずかしいばかりで何もできなかったが、紙飛行機を飛ばしてくれた人は勿論のこと、私の様子を見てもはやし立てたりしなかったクラスメートたち、気付いていたかもしれないのに咎めなかった先生にも、とても感謝している。

何十年経った今でも鮮やかに心に残る、「紙飛行機の思い出」である。

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